この50年、社会のデジタル化と私 -そして、KK2との出会い-
アポロ計画での月面着陸を目撃し、科学が世界を変えるという希望に満ちていた1960年~1970年代、大学生だった私はコンピューターに出会いました。普段は、研究室のHITAC-10というミニコンを徹夜で一人使いし、時には大学の大型UNIVACを多変量解析等で使いました。卒論が「モティベーション(やる気)の測定」でしたので、大型プリンターで個別学生の「やる気」を顔グラフ(脚注)で作画した経験は、「コンピューターにかかわるビジネス」と「アプリケーションとしての人間力(しごと力)」という、私のその後のキャリアテーマの出発点だったと思っています。
という流れで私は、1974年日本IBM株式会社に入社、SE(システムエンジニア)となり、銀行、新聞などの大規模システム開発を経験しました。8月にKK2法話&クロストークでご一緒した同年代の平田英世氏は富士通株式会社で同様なお仕事をされていたとの事で、「コンピューターが社会を変えるという気概」の昔話しを懐かしく伺えました。
筆者の主観で作成 2022年11月
※ARPANETとは、米国国防省が導入したコンピューター接続ネットワークで、現在のインターネットの原型と言われる。
1980年代になり、コンピューターは、小型化、分散化というダウンサイジングが進みましたが、同時に通信との融合が進み、その中からインターネットが普及しました。その後もデジタル化の流れは止まることなく、COVID-19の中でもリモート会議の普及などでライフスタイル、ワークスタイルを変えるまでになりました。
そして私は、2008年に、KK2と出会い、今年で14年が経ちました。「キャリア相談」「レジリエンス」「教育」といったテーマに加え、自分には不足していた「社会」「地域」「食と文化」などのテーマについても、皆様と共に勉強させていただいてきました。KK2は当初より「デジタル公民館」と称して活動し、本年度に定款も変更し、「自ら考え行動するデジタル人財の育成」始め、DKC・DSCのリリース等へとデジタルシフトを強化しています。引き続き皆様のご支援をよろしくお願いいたします。
脚注「チャーノフの顔グラフ」:顔の部位に調査項目を割り当て、その表情の違いにより主観的にデータの分類をおこなう手法。
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