新緑の熊野古道を歩く
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古賀 伸明
元連合会長
公益社団法人国際経済労働研究所会長
一般財団法人AVCC理事
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紀伊半島の南部に点在する「熊野本宮大社」、「熊野速玉大社」、「熊野那智大社」の3つの古い社を「熊野三山」と総称する。ここへお参りするための道を「熊野古道」と呼び、「那智山青岸渡寺」も加えて三社一寺をつないでいる。熊野三山には、自然崇拝に基づいた神道や修験道に加え、6世紀に伝わった仏教も入り混じった日本独特の信仰が伝わる。
熊野古道は、三重県、和歌山県、奈良県にまたがり、その歴史は平安時代まで遡るほど古く、時の実力者であった後白河上皇や百人一首の撰者を務めた藤原定家も通った道だという。当時は京都から往復で1か月もかかる行程だったそうだ。平安時代の皇族や貴族が歩き始めた道を、武士や庶民が引き継ぎ、多くの人が修行や巡礼の道として歩んできた。熊野三山に加え、高野山、吉野大峯なども含めた一帯が「紀伊山地の霊場と参詣道」としてユネスコ世界遺産に登録されて、今年は20年目の節目を迎える。「道」自体が世界遺産に登録されていることは世界的に珍しく、フランス・スペインにあるサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路に次いで2カ所目の世界遺産だ。その魅力は国内にとどまらず世界中からも旅行客が訪れている。
以前から一度歩いてみたいと思っていた熊野古道を、先月2泊3日で歩く機会を得た。1日目は高野山、2日目は複数のルートがある中で、現在も多くの来訪者に選ばれている「中辺路(なかへち)」を、田辺市の西側から熊野本宮大社へ、3日目は「大門坂」から樹齢800年もの杉の巨木が並ぶ石段で熊野那智大社を経て、那智の滝と「那智山青岸渡寺」へ。そして、3つ目の熊野速玉大社へと足を運んだ。

2024年5月撮影 熊野古道(左)、那智の滝(右)
世界遺産認定から20年が経過した熊野古道は、まさに自然と歴史の息づく交差点と呼ぶにふさわしい場所であった。この古道を歩くことは、単なる散策や観光だけでなく、歴史の奥深さや自然の美しさに触れ、過去と現在が交差し、心の中で何かが変わるような体験だった。それは自然と歴史が織りなす物語の中に身を置き、新たな発見や気づきを得る旅であった。道は時折厳しい山岳地帯を通過し、そして静かな川沿いを進んでいく。一方で、古代の聖地として、歴史の息吹を感じることができる。そこには、古代の人々がこの道を歩み、神聖なる存在に出会い、自然と調和しながら心を清めたであろう様子が想像される。その歴史の深さは、道沿いに残る小さくて古い社や痕跡などからも感じられる。私たちを迎えるのは、石畳の道や参道、そして神聖な空気が漂う森林。その足跡には、多くの人々が歴史と文化を求めて歩んだ軌跡が刻まれていた。
熊野古道の魅力は時を経ても色あせることはないだろう。20年という節目を迎えた今、私たちはその豊かな魅力を守りながら、未来に受け継いでいく役割があることを実感した。熊野古道を歩いたといっても、その道のりの何分の一かを歩いたに過ぎないが、天気にも恵まれ悠久の時の流れを感じる希少な地での清々しい体験であった。
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