デジタル社会の「身を守る力」― 防御は、前へ進むための努力 ―
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伊庭野基明
一般財団法人AVCC理事
KK2グローバルキャリアカウンセラー
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昨年来、銀行や行政のアプリで、二段階認証やパスキー設定を求められる場面が増えました。便利になるはずのデジタル手続きが、かえって手間に感じられることもあります。しかし、こうした仕組みが広がっている背景には、デジタル社会における脅威が、すでに現実のものとして増えているという事実があります。
例えば、警察庁の統計では、各種サイバー犯罪の報告件数はここ数年で、明らかな増加傾向を示しています。フィッシング詐欺やなりすまし、生成AIを使った巧妙な詐欺は、国境や言語の壁を越えて広がっています。翻訳や文章生成の精度が飛躍的に高まったことで、日本も例外ではなくなりました。ニュースとしては伝えられていても、それが自分自身の生活に直結する問題だという実感は、まだ十分とは言えないかもしれません。
私たちは、こうした変化を前にして戸惑いを感じます。しかし振り返れば、自動車社会もまた、事故を経験しながら安全基準やインフラを整えてきました。1959年に三点式シートベルトが開発され、その特許が広く公開されました。防御とは萎縮や後退ではなく、社会全体で共有される知恵なのです。
デジタル社会も同じ段階に差しかかっているのではないでしょうか。技術の進歩が加速する一方で、人間の側の理解や制度整備が追いつくまでには、どうしても時間差が生じます。便利さの追求だけでなく、「どう身を守るか」を前提にした仕組みが求められています。それは、恐れるためではなく、安心して前へ進むために必要なステップです。
私たちが学ぶべきなのは、技術そのものではなく、それとどう向き合うかという姿勢です。防御は孤立のためではなく、共に前へ進むための準備なのです。
昨年来KK2では「情報的健康」という考え方を共有してきました。情報との距離を保ち、冷静に受け止める力は、今後ますます重要になります。そして今、そこに加わるのが、具体的な備えとしての「情報的防御」です。個人が抱え込むのではなく、社会の共有知として整えていく視点が求められています。
変化の速度はかつてないほど速くなっています。それでも、社会はこれまでも新しい技術と向き合い、学びながら成熟してきました。「防御」は後ろ向きの防衛線ではなく、未来へ踏み出すための「知恵」なのです。その姿勢こそが、次の時代を切り開いていきます。
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