メッセージ from KK2

KK2weekly【メッセージfromKK2】(第939号 2026年4月24日発行)by AVCC

PLAN 75

古賀 伸明
元連合会長
公益社団法人国際経済労働研究所会長
一般財団法人AVCC理事

 2022年公開の映画『PLAN 75』は、静かな語り口でありながら、日本社会の根底に横たわる問題を鋭く突きつける作品だ。

 先日、かつて出版企画でご一緒した元編集長と久しぶりに再会し、議論が尽きぬ中でこの作品の話題になった。私は観ておらず、「観ておくべきだ」という一言とともに後日送られてきたDVDには、「これは決してフィクションではない」という短いメモが添えられていた。

 物語の舞台は、少子高齢化が一層進んだ近未来の日本。満75歳以上の高齢者に対し、自らの意思で生死を選択できる制度<プラン75>が導入されている。主人公・角谷ミチを演じるのは倍賞千恵子。夫に先立たれ、慎ましく一人暮らしを続けてきた彼女は、ある日突然、高齢であることを理由に職を失い、住まいも危うくなる。追い詰められる中で<プラン75>の申請を考え始める姿は、淡々としているがゆえに、観る者の心に深く突き刺さる。

 倍賞の演技は、多くを語らず、視線や手の動きで哀しみや恐れ、不安や孤独、そしてかすかな希望を繊細に表現する。その姿は、山田洋次作品で培われた庶民の息遣いそのものと言ってよいだろう。観る側は、ミチという一人の女性を通じて、社会の片隅に追いやられつつある高齢者の現実に向き合わされる。

 この作品が突きつけるのは、「選択」という名のもとに、実質的には「選ぶことのできない」社会の恐ろしさである。経済的困窮や社会的孤立の中で、人はどこまで自由に意思決定ができるのか。制度としての「選択の自由」が、実際には無言の圧力となり、「生きるよりも死を選ぶ方が合理的だ」と感じさせてしまう社会は、果たして健全と言えるのか。

 日本はすでに「2025年問題」といわれた団塊の世代がすべて75歳以上となり、高齢者比率は急増している。医療や介護の負担、財政の制約が議論される中で、「効率」や「コスト」の観点から命を捉える風潮が強まる危険性は否定できない。

 同時に、本作は絶望だけを描いているわけではない。ミチが見せる凛とした姿、そしてささやかな人とのつながりが、かすかな光として描かれる。人は孤立したときにこそ弱くなるが、誰かとの関係性の中で再び立ち上がる力を得る。そこに、この作品が伝えようとする希望がある。

 重要なのは、この映画を「あり得ない未来の物語」として片付けないことだ。むしろ、現実社会がどの方向に進もうとしているのかを、映し出す鏡として受けとめる必要がある。社会的孤立を防ぐための地域コミュニティの再生、福祉の充実、そして何よりも他者の痛みに対する想像力を取り戻すこと。それらがなければ、<プラン75>のような制度は形を変えて現れる可能性が十分ある。

 『PLAN 75』は、声高に主張する作品ではない。しかし、その静けさゆえに、観る者一人ひとりに問いを突きつける。「あなたはどんな社会に生きたいのか」、そして「他者の命をどう支えるのか」と。答えは容易ではないが、この問いから目を背けたとき、確実に人間の尊厳などない冷たい社会になっていく。そのことだけは、はっきりと感じさせる作品だ。

古賀さん 古賀 伸明
1952年生まれ。松下電器産業(現パナソニック)労組中央執行委員長を経て、2002年電機連合中央執行委員長、05年連合事務局長。09年から15年まで第6代連合会長を務めた。その後22年まで連合総研理事長を務め、現在は国際経済労働研究所会長。一般財団法人AVCC理事。

公式YouTubeでAI読み上げ動画も掲載中!

メッセージはいかがでしたか?
10秒アンケートにご協力ください(匿名・選択式)
⇒ こちらをクリック

yose yose yose yose

■発行元:一般財団法人AVCC霞が関ナレッジスクエア事務局
〒100-0013 東京都千代田区霞が関3-2-1 霞が関コモンゲート 西館ショップ&レストラン 3F
電話:03-3288-1921 携帯電話からは:03-6821-1121
メルマガのバックナンバーはこちら

霞が関ナレッジスクエア(KK2)は学校教育や企業研修では教えていない「しごと力」をいつでも、どこでも、誰でも学べる場を提供することを目的に、一般財団法人AVCCの公益目的事業として運営しております。