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メッセージ from KK2
KK2weekly【メッセージfromKK2】(第952号 2026年7月24日発行)by AVCC
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渡辺恒雄文庫
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古賀 伸明
元連合会長
公益社団法人国際経済労働研究所会長
一般財団法人AVCC理事
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本棚は、その人の人生を映す鏡だと言われる。どんな本を手に取り、どの箇所に線を引き、何を考えたのか。その積み重ねは、履歴書や経歴だけでは見えてこない人物像を浮かび上がらせる。今年4月、読売新聞東京本社に開設された「渡辺恒雄文庫」(読売新聞オンライン記事参照)を見学し、そのことをあらためて実感した。
渡辺恒雄氏については評価が大きく分かれる。戦後日本を代表するジャーナリストであり、読売新聞グループを率いた経営者として、政界にも強い影響力を持った人物だった。一方で、その言動をめぐっては賛否が分かれることもあった。しかし、そうした評価の違いを超えて、一人の知識人としての歩みには強い関心を抱いていた。
文庫の入り口には、書家・新井光風氏による「渡辺恒雄文庫」の看板が掲げられている。その先に展示されているのが、渡辺氏の人生を象徴する三冊の本。
一冊目は『実践理性批判』カント著、岩波文庫。戦時中、徴兵された渡辺氏が密かに持ち込んだという本だ。死と隣り合わせの日々の中で、彼を支えたのが「我が上なる星の輝く空とわが内なる道徳律」という有名な一節だったとされる。極限状態の中でも哲学を手放さなかった青年の姿が浮かぶ。
二冊目は『哲学以前』出 隆著、講談社学術文庫。渡辺氏は後年、この本が哲学への憧れを呼び起こし、大学で哲学を学ぶ原点になったと記している。人生の方向を決定づけた一冊だったのだろう。
三冊目は『戦後学生運動:資料 第1巻 (1945-1949)』三一書房編集部。終戦後、日本共産党に入党し活動家として歩んだ渡辺氏は、やがて党の規律や教条主義に疑問を抱き、個人の主体性を重視する立場から党と対立し除名された。その時代の檄文や手記が収められている。
文庫には約6400冊の蔵書が並ぶ。そのうち約2000冊には赤鉛筆や蛍光ペンによる傍線、余白への書き込みが残されているという。本は考えるための道具だったことが分かる。哲学、政治、経済、歴史、宇宙物理学まで分野は幅広い。知識を集めるだけでなく、それらを相互に関連づけながら思考していたのだろう。
印象的だったのは、小説などの文学作品が意外に少なかったことだ。最後まで手元に置いていた本が並ぶ主筆室の本棚にも哲学に関するものが数多く残されていた。若い頃から晩年まで哲学書を読み続け、熟考を重ねていたことがうかがえる。
近年はインターネットやSNSの普及によって、短い言葉や断片的な情報に接する機会が増えた。便利になった反面、じっくりと本を読み、自分の頭で考える時間は少なくなっている。しかし、渡辺氏の蔵書を前にすると、一人の人間が長い年月をかけて知識を吸収し、それを現実社会の経験と結びつけながら思想を形成していく過程の重みを感じる。
渡辺恒雄氏は、哲学青年として出発し、政治記者、ジャーナリストとなり、経営者でもあった。その歩みを支えたのは膨大な読書と思索だった。文庫に並ぶ一冊一冊は、単なる蔵書ではなく、一人の人間が時代と格闘した軌跡そのものだ。
本棚を見れば、その人が何を信じ、何に悩み、何を求めたのかが見えてくる。渡辺恒雄文庫は、そんなことを静かに語りかけてくれる場所だった。
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古賀 伸明
1952年生まれ。松下電器産業(現パナソニック)労組中央執行委員長を経て、2002年電機連合中央執行委員長、05年連合事務局長。09年から15年まで第6代連合会長を務めた。その後22年まで連合総研理事長を務め、現在は国際経済労働研究所会長。一般財団法人AVCC理事。
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