『「衝動」に支配される世界』 (ポール・ロバーツ 著)
-
■個人の欲望の満足が優先される「インパルス・ソサエティ」の問題点を指摘
現代社会では、多くの人が「必要かどうか」ではなく「欲しい」という衝動のみで消費行動をとる傾向にあるのではないだろうか。本書では、あらゆる面で個人の欲望を満たすことが優先される「インパルス・ソサエティ」の出現を指摘し、そのことによって不安定になる社会経済システムを健全な方向に向かわせるにはどうしたらいいかを提言している。
人間の意思決定は大きく分けて二つの脳内プロセスのせめぎ合いによるという。前頭前皮質という比較的新しい脳の部位は、抽象的な思考や、ややこしい問題を解決することを担当する。比較的古い辺縁系という部位は、食欲や性欲など本能的なアプローチを司る。
辺縁系の命令は、前頭前皮質によって抑えられる。だが、近年はデジタル化の進行によりあらゆるシステムが効率化され、食べたい料理、楽しみたい娯楽など、その気になれば即座に欲望が満たされる。そのため、前頭前皮質による抑制が効かなくなっているのだ。 -
■ある程度の規制と、自己の利益を超えて先を見通す国民の組み合わせが必要
人々の間に「何でも自分に合うものにする」という自己中心的な文化が広がることで、市民として公共の利益に資する行動をとることが難しくなっている。問題は、長期的に社会が必要とするものを提供できなくなることだ。個人の利益のみを重視すれば、家族やコミュニティ、自己規律や徳の尊重などの社会的安定要因を維持できない。
著者は、常に最速で最大のリターンをめざす経済戦略に疑問を呈することから始めるべきだという。それは「効率」そのものを疑うことではない。効率を最高の美徳とする信念やイデオロギーを批判的に見るということだ。
必要なのは、自国の経済が向かう方向を、長期的視点と短期的視点のバランスをとりながら見定めること。ある程度の規制を設けた経済と、自己の利益を超えて先を見通す、もしくは見通そうと努力する国民の組み合わせこそが、インパルス・ソサエティを脱却し、真に持続可能な社会をつくるために必要不可欠なのだ。 -
◎著者プロフィール
ジャーナリスト。ビジネスおよび環境に関する問題を長年取材。経済、技術、環境の複雑な相互関係を追求している。ロサンゼルス・タイムズ紙、ワシントン・ポスト紙、ニューリパブリック誌、ニューズウィーク誌、ローリングストーン誌などで執筆するほか、テレビやラジオにも多数出演している。ワシントン州在住。著書に『石油の終焉』(光文社)、『食の終焉』(ダイヤモンド社)がある。