『ニルスの国の認知症ケア』 (藤原 瑠美 著)
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■スウェーデンでは、なぜ認知症でも一人暮らしができるのか?
著者が認知症の母親の在宅介護を始めた1990年当時は、まだ介護資源が少なく、認知症の在宅介護が壁に突き当たると、高齢者を老人病院に送るケースが少なくなかった。著者の知る日本の認知症の人びとの姿は悲しかった。それに家族は疲れ切っていた。そんな折り、著者は北欧の高齢者ケアの思想と出合う。それは「老いても、障害をもっても、町の中の普通の家で一日のリズム、一週間のリズムのある普通の暮らしをする権利がある」というもので、母親を病院に入れたくないという著者の思いと合致していた。そこで、著者は「スウェーデンの介護現場に密着して本を書こう」と思い立つ。本書は、そんな著者がスウェーデン・エスロブ市の認知症介護の現場を定点観察してきた経験を通し、スウェーデンではなぜ認知症の人びとが一人暮らしを肯定的にできるのか、そしてスウェーデンの認知症ケアにおける「医療と介護の役割分担」について、具体例を交えながら明らかにしている。
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■慣れ親しんだ自分の家で「見守りのケア」を受けることが大切
著者は、エスロブ市認知症チームのブリット‐マリ・ナルテソンさんの訪問介護に同行した。82歳のアニカさんはアルツハイマーの診断を受けているが自宅で一人暮らしをしている。ブリット‐マリさんは、「アニカ」と名前を呼び、ゆっくりだが明瞭な声で話しかける。そして、寒い冬に備え、窓を一人で閉められないアニカさんに対して、「窓を開けないこと」を何度も語りかけて理解できるようにしている。窓に釘を打って問題解決としないのである。さらに、薬の管理、トイレ掃除、毎朝のゴミ捨てなどの些細な援助によって生活の質(QOL)を保つ。エスロブ市の高齢者ケアは見守りのケアなのだ。スウェーデンに広まった「高齢者ケアの三原則」は、生活をなるべく変えないですむようサポートする「継続性の尊重」、過剰な世話を避け、残された能力を引き出す「残存能力、潜在能力の活用」、自分の人生のあり方は高齢者自身が決め、それを尊重する「自己決定の尊重」である。アニカさんのように、慣れ親しんだ自分の家に住み、的確な援助が入れば、認知症でもマイペースで暮らせるのである。
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◎著者プロフィール
福祉勉強会ホスピタリティ☆プラネット主宰。1947年東京生まれ。1968年、清泉女子大学英文別科卒業後、銀座和光入社。宣伝企画部副部長等を務めたのち、2000年退社。在職中1990年より2000年10月まで、認知症の母の在宅介護を経験。2005年よりスウェーデン、エスロブ市の高齢者ケアの現場で定点観測を続けて今に至る。著書に『ニルスの国の高齢者ケア エーデル改革から15年後のスウェーデン』など。