『おかげさまで生きる』(矢作 直樹 著)
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■大いなる存在によって「今を生かされている」ことをもっと意識すべき
価値観が多様化した混迷の時代にあって、私たちは「いかに生きるか」といった根源的な問いに立ち帰る必要に迫られているのかもしれない。医師として救急医療の現場で人間の生と死の境界に向き合ってきた著者によるエッセイ集である本書は、日本人として「なぜ生きるのか」「どのように生きるべきか」といった自問自答へのヒントを与えてくれる。
日本人は「目に見えないネットワーク」に守られていると本能的に実感している。ゆえに「おかげさま」という言葉を好むと、著者は指摘する。ところが、戦後の変化の中で個人主義という価値観が信奉されるようになった。
古来、日本人は生と死を同一視していた。自分たちは「大いなる存在」に“生かされている”と、自然と融合した生き方を大切にしていた。だが、現代の日本人の多くは「死んだら終わり」として現世利益を得ることに汲々としている。私たちは「今を生かされている」ことをもっと意識すべきなのだ。 -
■良い感情も悪い感情も「つかんだら手放す」ことでニュートラルになれる
著者が強く勧めるのは「つかんだら手放す」という習慣を身につけること。成功したとき、良い結果が出たときには、その喜びの感情を実感し続けるのではなく、早めに手放す。失敗したとき、悪い結果が出たときにも、悔しいとか悲しいといった感情を早めに手放す。自分の感情をクリーンアップすることで、偏った感情に浸るクセがなくなり、常にニュートラルな状態でいられる。
著者自身は「今を楽しむ」ことをしているだけだという。「昔は良かった」「以前からダメダメだ」といった思いは「今を楽しむ」のに不要だ。それらの感情が残るかぎり、前に進むことはできない。昔がどうでも、今を楽しむことで、そのことは比較対象から外れる。今を楽しむことができると、何かと比較することがなくなる。
今を楽しめば、過去を変えることができる。つまり起きた出来事の意味を変えられる。過去に執着しなければ両手が空く。その両手で新しい経験をつかむべきだ。 -
◎著者プロフィール
東京大学大学院医学系研究科救急医学分野教授および医学部附属病院救急部・集中治療部部長。1956年神奈川県生まれ。81年金沢大学医学部卒業。82年富山医科薬科大学の助手となり、83年国立循環器病センターのレジデントになる。同センターの外科系集中治療科医師、医長を経て、99年東京大学大学院新領域創成科学研究科環境学専攻教授、精密機械工学専攻教授を兼担。2001年より現職。著書に『人は死なない』(バジリコ)などがある。