『データの見えざる手』(矢野 和男 著)
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■ウエアラブルセンサによる計測で人間行動や社会現象の方程式をみつける
私たちの日々の行動は各々のランダムな意思や感情に基づくものであり、自然現象のように一定の法則や原理を見出すことは困難と思われがちだ。しかし、本書では、ウエアラブルセンサという人間の身体に取りつける機器でビッグデータを得ることで、個人のみならず組織や社会全体の動きについて方程式を見出し、予測・制御できることを詳しく解説している。
たとえばリストバンド型のウエアラブルセンサは、加速度センサにより1秒間に20回、腕の細かい動きを捉え、メモリに記録する。複数の人間の腕の動きを、数日間、24時間計測し、1日にどれだけ激しい動きをしたかを記録して統計をとり、グラフにする。すると、著者が「U分布」と呼ぶ、右肩下がりの直線になる。この分布は、自然界の物質中での原子や分子の熱エネルギーの分布と同じ形である。このことは、人間の行動は自然現象と同じく一定の原理や法則に基づくものであることを示している。 -
■ビッグデータから人間ではなくコンピュータが仮説を導きだす
自然現象を解明するアプローチを社会現象に適用すると、社会を構成する個々人が周りの人や事物に影響を与え、それとともに、その人や周りの人、事物が形成する「場」が人を動かした結果が、人の行動ということになる。分子や原子の運動と同じことである。
そうしたアプローチで「購買」という行動の計測が行われた。あるホームセンターにおいて、顧客や従業員の動きの詳細なデータ収集を行ったのだ。計測に用いられたのは、ウエアラブルな名札型のセンサ。そこに各自の店内での位置や、面会の時間と場所などが記録される。その計測データを分析した結果、(なぜなのかは不明だが)「従業員が店内のある特定の場所にいること」が顧客単価に影響しているという、意外な事実がわかった。
この結果は、仮説を立て、それを検証するという従来の分析方法では得られなかったものだ。人間には思いもよらない仮説を、ビッグデータからコンピュータが導き出したのである。 -
◎著者プロフィール
株式会社日立製作所中央研究所、主管研究長。1984年早稲田大学物理修士卒。博士(工学)。日立製作所に入社し1993年単一電子メモリの室温動作に世界で初めて成功。2004年から先行してウエアラブル技術とビッグデータ収集・活用で世界を牽引。論文被引用件数は2500件。特許出願350件。「ハーバードビジネスレビュー」誌に「Business Microscope」が「歴史に残るウエアラブルデバイス」として紹介される。文科省情報科学技術委員。