『三陸鉄道 情熱復活物語』 ‐笑顔をつなぐ、ずっと・・(品川 雅彦 著)
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■沿線の利用者のために一日でも早く、走れるところから走らせる
東日本大震災から3年、岩手県三陸沿岸を走る「三陸鉄道(以下、三鉄)」は、誰もがこれほどの打撃から復活するのは極めて困難だろうと思うなか、3年で完全復活を成し遂げた。本書は、“必ずつなげる”という強い思いで不可能を可能にした三鉄の社員をはじめ、支援者、地域住民の3年間の記録をノンフィクションでまとめている。
三鉄では震災以前から「いつなんどき非常事態が起こるかもしれないから、社の車のガソリンは満タンにしておくように」という不文律があった。これにより震災直後の3月13日、三鉄の望月正彦社長自らがハンドルを握り、各駅の状況を調査することができた。その結果から、望月社長は「一日でも早く、走れるところから走らせる」ことを決断、16日には久慈から陸中野田の間を走らせたのだった。望月社長の「三鉄が動くことを待ち望んでいる沿線の利用者がいる!」という熱情が、「無謀だ」と固持する社員たちを動かしたのである。 -
■自らの会社を愛してやまない三鉄社員たち
2013年、NHKの連続テレビ小説「あまちゃん」の大ブレイクが三鉄に大きな光明をもたらした。発端は2011年秋、久慈の運行本部に、怪しい風体のふたりの男が訪れたことだった。あまりの胡散臭さに警戒の念を抱きながらも、彼らのひと言を拠りどころに丁寧に対応した。「三鉄の普段の仕事ぶりを拝見させていただきたい」。三鉄には“広告宣伝費”がない。だからこそ、「悪意のこもった視点でない限り、雑誌・テレビ、なんでもオッケー。むしろ、ありがたいことと感謝しなければならない」、それがメディアに対しての望月イズムだ。
翌2012年、連続テレビ小説だとわかると三鉄マンは奮い立ち、労働時間を度外視してドラマ撮影に対応した。無論、特別手当などは出ない。三鉄社員は皆、自らの会社を愛してやまないのだ。
2014年4月、ついに全線運行再開。多くの駅の周囲には街がなく、駅舎がない駅もある。復興には長い時間がかかるが、三鉄は地域の震災からの復興の希望となっている。 -
◎著者プロフィール
東京品川文案所コピーライター。1960年、大分県別府市生まれ。著書に『超熟 ヒットの理由』(幻冬舎メディアコンサルティング)、『ニッポン、麺の細道 つるつるたどれば、そこに愛あり文化あり』(静山社)がある。