『「原発さまの町」からの脱却』 (吉原 直樹 著)
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■原発に対する分厚い依存体制ができあがった「原発さまの町」
福島県双葉郡大熊町は、福島第一原発が立地する自治体である。2011年3月12日の第一原発の爆発以降、全町民が町外へ避難した。その結果、住み慣れた土地とそこで培われてきた人間関係を奪われ、最低限の生きる権利さえ満足に保障されない避難民が社会に放り出されることになった。3・12までは、大熊町民にとって、生活のいっさいが原発とともにあった。原発に対する分厚い依存体制ができあがり、そこから人々が生活の私化、つまり、個人主義的消費生活様式をふくらませていったのも自然の成り行きだった。大熊町は「原発さまの町」だったのだ。
本書では、避難民への聞き取りや役場をはじめとした関連諸機関に対する資料調査等によって得られた知見を基に、「原発さまの町」の原構造とその転態の様相をあぶり出し、さらに、避難先で見られる新たなコミュニティ形成の動きが、「原発さまの町」からの脱却への道標となって表出していることを明らかにしている。 -
■新たなコミュニティを形成して「原発さまの町」から脱却する
避難所での聞き取り調査結果から、避難の際に、区会や班をあげての組織としての活動はみられなかったことがわかった。ほとんどの人々は、近くの隣人を振り返ることなく、家族や親戚を連れ立って車で一目散に避難したというのである。原発依存体制で増幅した生活の私化により、大熊町は「あるけど、ない」コミュニティだったのだ。震災後、政府は「以前のコミュニティをそっくりそのまま仮設住宅に移築できることがベスト」と、いわゆる「国策」自治会を推進したが、それは震災前の「あるけど、ない」コミュニティの延長でしかなかった。
だが、そうした状況のなかで、自治会の中にあって自治会を超えようとする「もうひとつの自治会」を形成する動きがあらわれている。新たなコミュニティは当面の課題は何かを明らかし、行動しようとしている。例えば、行政や関係諸団体への働きかけやそれらとの協働などだ。活動の基軸を生活の私化から「生活の共同/協同」へと移すことによって、「原発さまの町」からの脱却を試みているのである。 -
◎著者プロフィール
東北大学名誉教授。大妻女子大学社会情報学部教授。社会学博士。専門は、社会学、都市社会学、地域社会学、アジア社会論。主な著書に、『コミュニティ・スタディーズ』(作品社)、『モビリティと場所』(東京大学出版会)、『コミュニティを再考する』(共著、平凡社新書)など